家族デーゲーム

親孝行の正体を探っていくブログです。

リスナー喜ばせタイプの音楽家

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以前の出張の折、新幹線の隣の席に音楽家が乗り合わせた。新幹線のぞみも悪くないが、みずほの方が車内は狭い割にシートゆったりで、カブいた感じがなんか好き。きっと隣の音楽家もそう考えた上のこの相席に違いない。

 

彼は音楽を聴きながら譜面を取り出した。見るところオーケストラ用の譜面らしい。俺は本を読むフリをしながら彼の行動をつぶさに観察した。カブいた車内で、首をカブきながら、カブいた譜面を、手慣れた様子で彼が仕上げて行く。素人目には分からないがきっと彼の仕事は早かった。

 

彼は車内販売のお姉さんを捕まえて珈琲を注文した。カップのサイズはL、味はブラックだった。彼の奏でる音楽もきっとスケールの大きな渋みを伴うモノのはずだ。間を空けず、彼は駅弁を取り出した。駅弁は普通の幕の内だった。スケールの大きな渋みを伴う旋律の中にも哀愁漂う庶民的なフレーズを忘れない、彼はそんな「リスナー喜ばせタイプの音楽家」であることを確認した。

 

幕の内弁当を食べ終わると、彼はスマホをクルクルし始めた。株のサイトを見ているらしい。並の芸術家というのは自分の表現している世界に慢心し、資金繰りに疎いタイプが多いが、彼は違うらしかった。本業の興行で収支が合わないことも考慮して、多くの楽団員の知らないところでこうして労力を費やし、楽団が継続して活動できるよう手筈を整えているのだ。さすがは「スケールの大きな渋みを伴う旋律の中にも哀愁漂う庶民的フレーズを忘れないリスナー喜ばせタイプの音楽家」だ。

 

彼のことをもっともっと観察していたかったが、目的地に着いたからそれはもう叶わない。本人を目の前にしてこれだけ何かを記したことが今までにあっただろうか。乗車からすでに2時間半が経っていた。あなたは一体どこまで行かれるのですか。ごきげんよう音楽家。あなたのおかげで今夜の仕事はうまくいきそうな気がします。

 

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