家族デーゲーム

親孝行の正体を探っていくブログです。

子どものマイブーム

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子どもが2歳8ヶ月になる。最近嫁の苛立ちがピークに達しているのが分かる。たしかに、言うことをことごとく聞かない。

時間を問わずドンドンと大袈裟に音を立てて走りまわるから下の階に住んでいるお兄さんにいつ怒られるだろうかと毎日ひやひやしている。「ドンドンしないで」という言葉の意味はどうやら分かっているらしい。

 

何が嫌で反発するのか。じゃあ自分の思う通りにやってみろと時間を与えてみるが、いやいやと繰り返すばかりで何もしようとしない。代替案を持たないくせに気に入らないと連呼するばかりの旧時代のおっさん達のようでかなりタチが悪い。

 

タチの悪さがある程度まで来ると無視するようにしている。人は無視されることに不安を覚える。なかなかご飯を食べてくれなかろうが、本当に腹が減ったら自分から食わせてくれと言ってくるに決まっている。鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス。小さい子を持つ親は本当に時間がない。いろいろ工夫してその手の時間を節約していかねばならぬのである。

 

最近の子どものマイブームは「半分こ」。出された料理をとりあえず半分に切ろうとする。多くの場合、すでに食べられるサイズにしてあることから、子どもの切ったあとのそれらは食感を伴わない大きさとなる。そして半分になった料理を俺と嫁と自分とで均等に食べていくことに喜びを感じているらしい。たしかに、物事をうまく進めるコツは「小さく分けること」だ。まあ頑張れや。

 

もう一つのマイブームに「じゅんばんばん」がある。以前外食で料理を注文した際、到着した料理に一番に手を付けようとしたことを諭したのが始まりだった。「順番だよ」。相手は小さい子ども。見ず知らずの店なのだし、親が味見をしてから子どもに渡すのが妥当だと思った。今でも嫁には、子どもが食べる前にキミが先に確認してくれと言うようにしている。俺はこの子を愛しているからね。それ以来毎回ではないが、じゅんばんばんと言い、お先にどうぞと我々に譲ってくれるようになった。たしかに、物事をうまく進めるコツは「互いが譲り合うこと」だ。まあ頑張れや。

 

最後のマイブームに「ひそひそ話」がある。かなりの機密情報なのか、慎重に歩み寄ってくるのはいいが、何を間違ったかこちらの耳元に自分の耳を近付けて話し掛けている。耳on耳。結果何を言っているかよくは聞こえないが、そこがまた愛し。

 

最近ママ友の間で子どもは誰に似ているかといった話題になるらしい。まだまだ小動物の分際で誰に似ている何もないだろうに。ただ、何かに似せたがるのが人間の性。しようがないといえばしようがない。

 

ウチの子の特徴は大きい目に長いまつ毛、そして筋の通っていない低い鼻に尽きるだろう。ドクタースランプアラレちゃんに「皿田きのこ」というキャラクターがいる。小さい女の子がおかっぱあたまにして大きめのサングラスを掛ければたいていあのキャラに似るのだが、ウチの子もそんな感じと言えば想像に難しくないだろう。

 

今もっとも喜びを感じるとき。それは、いくよ~と言って3mくらい先から子どもが走り寄ってきてこちらに抱きつく瞬間である。こんなに嬉しい気持ちになるものなんだなと初めて知った。走り寄ってくるときのあの笑顔は何と表現していいかわからない。これはそう長く続くものではないだろうから、自分の記憶の中に丁寧に梱包してあげることにしよう。

 

人は何かをやっているとき、そのこと以上に大事な用事が他にないからそれをやっているとも言える。つまり、俺は子どもに抱きつかれるより大事な用事が今はこの世の中にないからその場を選んでいると言えるだろう。

 

子どもの写真を撮るとき、かなりの確率で変顔をされる。あの年齢特有のものなのだろうか。サービス精神旺盛というかカメラマン泣かせというか。普通の顔でいいと伝え、一度は納得したかのような反応をするもシャッターを切る寸前でやはり変な顔を用意する。よし。どうせならこれから証明写真の類もそれで行け。

 

遠くに住む両親へ変顔も含めた写真をちょこちょこ送るようにしている。両親からの返信はほぼない。巷の年老いた親というのはこういうものを楽しみにしていると普遍的に語られてきたではないか。数日経って来た返信にしても文面はこうだ。「かわいいねー」。何かもう少しあるだろうに、ウチの親は昔から気持ちを表現するのが本当に下手である。近くに住んでいればすぐに連れて帰ることもできる。でもそれができないから写真を送るとか電話口に子どもを出すとかして些細なお返しをしている。まあ、彼らの嬉しいという気持ちは直接会ったときにちゃんと伝わってくるからヨシとしよう。

 

これから会う回数は増えるのか、それとも減っていくのか、今のところ分からない。でもたぶんそれぞれの都合から減っていくに違いない。そういう意味では今が一番いい時期なのかもしれないと思ったりする。

 

親が楽しく生きていない家庭の子どもは将来楽しく生きていけない可能性が高いという。そりゃそうだ。子どもは普段から両親の姿をつぶさに観察しているもの。何かの長けた能力を持ち合わせた子はその楽しく生きていない状況を俯瞰し、自分なりの生き方を模索しようとするけれど、多くの場合その親の負の遺産を引き継いでしまうことから避けられない。つまり、我が子に本当に人生を楽しんでもらいたかったら自分たちが人生を楽しんでいる必要がある。ああ。それなら何とか約束できそうだ。これからも互いに教え教わり合う関係を続けていこうじゃないか。

 

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