くわえタバコと親孝行
信号待ちをしていると、向かいの歩道にタバコをくわえたおばはんが立っていた。まあ、おばはんと言ってもこちらより少し上の40代前半といったとこか。
とにかく、くわえタバコをしている女は老けて見えるという事実を確認し、俺は女の事をおばはんと呼ぶことにした。そもそもタバコを吸う女を快く思っていない。理由は大体分かっていて、女性という存在をきっとキレイなものとして捉えていたいのだ。
今までタバコを吸う女性と付き合ったことがないのはたまたまの結果論のように見せ掛けておいて、実はそんな空気を放っている女性はハナから恋愛対象外としてたのかもしれない。仮に意中の女性から、毎日タバコを吸って毎日マクドナルドを食べたいと言われたなら、三日三晩かけて諭すか即行で音信不通を仕掛けたに違いない。
くわえタバコのおばはんはタクシーを拾おうとこらしく、あたりをキョロキョロ見まわしていた。そのすぐ横では小さい子どもを抱えた母親が信号待ちをしていたが、くわえタバコのおばはんは老け込んだ表情もそのままにせわしなくタバコをふかし続けた。自分の吐く煙によってまわりにどれだけ異臭が放たれるか想像したこともない可哀想な女よ。無理繰りだが、貴様は親孝行したことがあるのかい。
このような想像力の乏しい人間はそもそもタバコなど吸ってはいけないと思うのだが、成人なら誰でも吸ってよいというのが今の日本国であり、そのメンタリティだからこそ今程度の日本国なのである。そんな複雑な思いに駆られながらも、俺はおばはんの監視を続けることにした。
最も恐れていた瞬間が訪れた。おばはんが道端にタバコを投げ捨てたのである。やっぱりな。道端でくわえタバコをする人間の99%がポイ捨てをする。この数字は、公共機関に乗っていて携帯電話の着信音をONにしている人間が電話に出る確率とほぼ同じだ。つまりこの両者に共通しているのは、「優先されるべきはいつも自分」という心構えである。さようなら日本国。
信号が変わる前にくわえタバコのおばはんはタクシーを拾ってしまった。おばはんが運転手に行き先を告げるのが見えた。「警察に行って自分の罪を償いたい」などと言ってくれてりゃいいと思ったが、それはきっとないだろう。信号を渡り終えると、おばはんの捨てた吸い殻が落ちていた。近くにあったコンビニのゴミ箱へと送り届けてやった。付着していた口紅が下品な色に見えた。
もう一度言う。くわえタバコをした瞬間女は老けこんで見える。もし嘘だと思うならできる限り知人の顔を思い浮かべると良いだろう。だがきっとあのおばはんは、その大切な事実を確認させてくれるためにわざわざ俺の前に現れてくれたに違いない。いろんな意味でありがとう。ただ、もし歳下だったらご愁傷さま。
