家族デーゲーム

親孝行の正体を探っていくブログです。

負の遺産を断ち切る親孝行

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父親に逆らうつもりはなかった。でも、職につくまでの間、兄と自分は父親が望むような道をことごとく進まなかった。ウチの父親は「私立高校に行くのはバカな人間たちだ」という考えがあった。きっと先祖から受け継がれた負の遺産。

 

父親はどこか自分のことを賢い人間だと思っていて、自分から見て頭の悪い人間を見下すタチだ。その傾向は今でも見受けられる。父親は私立高校を受験することさえ反対で、兄の場合、母親が受験費用をこっそり出して受験したという話を聞いた。二男である自分は、「そういうことなら」と私立高校は受験しなかった。志願していた県立高校に受かる自信があったからできたことだがもし落ちていたら、それこそ父親の望む道からは余計に外れていたことだろう。

 

「○○年、二男大学進学」。昔の父親の手帳の片隅に書いていた。でも残念ながら、二男は大学に行かなかった。高校に進学し、1学期の最初のテストで学年で1番を取ったのに、理数系が肌に合わなかったのか、2学期以降のテストではビリから2,3番目の成績が常宿となり、ジェットコースターの下りのような高校ライフを送った。

 

情報技術という学科では0点を取ったこともあった。いや、厳密には0点は「取った」とは言わない。残業代を「稼ぐ」という言い方が厳密にはおかしいように、二男の人生はおかしな方向へ行ってしまった。父親は本当に恵まれていない男である。

 

父親はテレビを見ながらブツブツ文句を言う癖がある。気に入らないのなら見なければいいのに。でも彼は見続ける。彼の正義感からかけ離れた映像を必死に探している。今はもう時代が変わってしまったが、昔はテレビという箱から流れてくるものが「より正しい情報」なのだと信じていた。自分を賢いと思っているはずの父親なのに、そういった「時代は変わってしまった感」だけは敏感に感じ取れないようで、少し残念に思う。

 

なんでこんなことを書くのか。やはり負の遺産というのはどこかのタイミングでなくす必要を感じるから。自分の代でいろいろ終わらせようと思う。それは先祖に対し失礼にあたるのかもしれないが、一つの敬意のカタチだと個人的には考える。

 

父親が嫌いなわけではない。きっと父親も被害者であり、どこかのタイミングで加害者に転向していっただけ。ラッキーなことに兄と自分はその加害をあまり受けない性格に育った。「やはり父親は偏っている。そして孤独だ」。そのようなことを、悪気なく客観的な目で語り合うような仲にある。

 

この文章を見て父親はどう思うだろうか。怒るだろうか。いや、きっと怒らないと思う。さすが俺の息子たちだな~とほくそ笑むに違いない。二男坊は知っている。父親はとてもユニークな存在で面白い一面を持っている。でないとあの母親がオチるわけもない。でもそのユニークさを共有する場を求めながらも結局それが見つからず、70歳手前の現在に至ってしまった。

 

これからの楽しみといえば、初孫がだんだんと大きくなっていき、そのうち、「じ~いちゃん」などと大泉逸郎よろしく、その愛くるしい声で呼ばれるその日を待ち望むことに決まっている。だからこそ敬意を持って、あなた方の負の遺産は俺の代で終わらせることにすると宣言しているのである。

 

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